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反社会的な存在以外でのタトゥー愛好家

  • 執筆者の写真: itsumi
    itsumi
  • 2018年2月14日
  • 読了時間: 3分

「タトゥーはいつ入れられたのですか?意味のあるデザインであれば、差し支えない範囲で知りたいです。また、タトゥーに対しての考えやご自身の哲学などありますか?」という質問をいただきました。ありがとうございます。


早速お答えさせていただきます。

わたしは、15歳ぐらいの時期に任侠映画にハマり、アメリカのパンクバンドに影響され、タトゥーを入れたいと思うようになりました。

というよくあるかっこいい話ではなく、デビルマンのタトゥーを入れた人を見てからタトゥーと入れたいと思ったのがきっかけです。

社会悪の象徴としてや、反社会的なものに憧れたというより、一つのオタクの象徴としてのタトゥーに憧れました。

多分、タトゥーが好きな人はちょいワルなんかより、ただのオタクが多いんではないかと今になって思います。

それから、親にしつこく「タトゥー入れたい!タトゥー入れたい!」と言っていました。その時期、もちろんエグザ◯ルなんかもいないし、安室◯美恵もタトゥーを入れてなかった時期だし、タトゥーというものは悪い人たちのするものであるという一般常識が強い時代でした。

親からはもちろん反対されました。

しかし、わたしに根負けしたのか、「ダメだ」と言うことを諦めたようで、「20歳すぎたら好きにしなさい。その代わり、責任は自分で持ちなさい」と言われ、わたしはラッキー!とばかりに、20歳を過ぎた頃からちょこちょこ入れ始めました。デザインは特に意味はなく、その時々の好きなものをデザインしてもらっています。

ただ、タトゥーを入れるタイミングは、引っ越すタイミング、愛犬を亡くしたタイミング、こどもができたタイミング、仏教を理解し始めたタイミング、美味しい台湾レストランを発見したタイミング。

何かのタイミングで「やろう!」と思います。

痛いし、お金もかかるし、そのデザインが好きではなくなるかもしれないリスクを考慮、いや、熟考した上で、それを全て無視できるのがその「タイミング」と言う名の言い訳です。


ただ、日常生活でタトゥーのことはほとんど忘れています。

たまに「どこで彫ったの?」などと言われて、ああ、そう言えば、と思い出すぐらいです。

それぐらいのものに痛い思いをして、お金をかけるのですから、そのこと自体意味のないことだという人もたくさんいると思います。完全なる自己満足です。

アートすら興味のない人、アートは好きだけど、コピーで満足する人、大金をだしてもオリジナルが欲しい人、自分の一部にしたい人。色々いるパターンの、わたしは自分の一部にしたい人です。

ただ単純にタトゥーというジャンルのアートが好きなだけなんだと思います(コソコソ、昔、大阪のタトゥーショップで働いていたんですが、どんな仕事よりも楽しかったです)。

タトゥーを入れるのに向いてる人、向いていない人もなんとなくですが、わかる気がします。

向いている人というのは、自分の失敗を受け入れられて、笑い飛ばせる性格の人。

どちらかというと向いていない人は、くよくよ後悔しがちな人。

どれだけ考えてデザインを選んだところできっと少しは後悔すると思います。そんな人はタトゥーシールで十分だと思います。

あと、タトゥーを入れている友達にファーストタトゥーについての話を聞くのは大好きです。(そこでとてつもなくくだらない、恥ずかしいエピソードがあったら最高です)

逆にくだらないエピソードのない友達もいます。

最初から名のあるアーティストに彫ってもらってたりすると、その場限りの若気の至りなんかではない、将来を見据えた目とか、計画性、価値を判断できる力なんかを見せつけられて、すごいなあ〜と尊敬できたり。

タトゥーひとつでその人の性格なんかが割と現れていて、とても面白いです。

 
 
 

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